2005/5月ー3

←前の日記     次の日記→



5月21日(土)

「とっち」 byKTA

最近俺の家までチャリで来るのが趣味らしい
その道のり30km弱、時間も2時間弱というところか
彼の財布の中身がその行為を正当化する
(実際、彼にとってこれはただの日常らしい)
まぁ、それはいいのだが

いつも土曜日辺りに来る彼
たいていの場合は二人で朝方まで飲み明かし
その大半が俺が日が昇る頃、先に寝る事で終わる

そして、起きると
「今日は米が近所のスーパーで安いので
  一足先に帰りますと、書置きを残し去っていく」
(たまに、卵の時もある)

確かに米も卵も重要だが
それ以前に、徹夜で飲んで酔っ払い状態で
朝日にまみれながら、激チャをしている彼を思うと
少し心配にもなったりする

ってことで、別にそれが俺のジャスティス!
とかそういうのなら、何も言わないけど
(語呂がいいのでFAPの発言をパクってみた)

疲れてるときはちゃんと寝ていけ
あと忘れていったジャンパーが先々週辺りから邪魔です



byFAP

「それが俺(私)のジャスティス」というフレーズには
恐らくなんらかの元ネタがあると思うのだが、
一体なにが元ネタなのかがわからない。

一説によると、『仮面ライダーBLACK』という番組の
主題歌の歌詞を繋ぎ合わせたものらしいが、本当かどうかは不明。
しかし、ネットでも多くの人がこの台詞をネタとして使っている。

<参考> はてなダイアリーで「それが〜」を検索




5月23日(月)

気まずい byFAP

人気のない帰りの夜道で「ガラナ〜♪」と
ふと思いついた「ガラナの歌」を歌っていたら、
すぐ後ろに人がいた。

今ちょっと死にたい。





5月24日(火)

「一つの夢」 byKTA

今日、KJが札幌に遊びに来た
それで、俺の学校が終わってから
FAPと3人でダーツをして遊んだのだが
もちろん二人はばっちりマイダーツ
俺はというと、急な予定だったので
学校にダーツを持ってきているはずもなく
一人、ハウスダーツでの参戦となった

ススキノのスガイに行ったのだが
場代が200円で1ゲーム基本は100円
クリケットなどの時間がかかりそうなのは200円
今まで時間で金を払ってた物としては
少し高いような感じもするが
ダーツのみしか扱っていないだけあり
ダーツの小物が意外と安く売っていたので
今度、機会があれば買ってもいいかなと思った

勝負はと言うと
これはKJの一人勝ちと言ってもいいだろう
さすが一番毎日投げてることはある
(多分俺も変わらないんだけど)
ほら俺は自分のダーツじゃないしさ
微妙に煮え切らないまま

2時間程度、FAPは用事があるとのことで
夕方には解散した

ま、それはいいのだが

KJが俺を家まで送ってくれると言うことになった
ありがたいことです

今日この日KJが乗ってきたのはロードスター
最近入手したと言う、あのロードスターです

何時また、雨が降るかも解らないような天気の中
ホロを上げオープンスタイルで20km
だんだんと雨は強くなるが
男は黙ってホロを開けと言わんばかりに
オープンスタイルを強行

カッコつけてる裏では暖房を全快にしたりと
涙ぐましい努力をしてまでそのスタイルを貫いていた

意外とびっくりなのが走っていると雨が当たらない事と
回りの人は目を合わせてくれないこと
それと、横のトラックとかが怪獣か何かに見える
背後と、側面に目をやると、新鮮な風景画広がる
バイクに乗っているときとは又違った爽快感がある

そんな風に優雅に乗りつけ家へつくと
早速俺は家族に自慢げに話した

すると、母と、妹が乗りたいとか言い出す
KJにお願いして、近所を一周
母がメールで父に自慢したことにより
KJがロードスターで父を迎えに行くことに

実はもう帰るって話になってたんだけど
父が帰ってくれるまで待っててくれることに

なんかほんとに、ごめんKJ、そしてありがとう

そんなこんなで、昨日は家族そろって
オープンカーに乗った記念日になりました




5月25日(水)

色 byFAP

例えば、頭上に白色の光源がある部屋に
熟れたリンゴがあるとする。

その時、私達の目には赤いリンゴが映る。
そしてそれを見て『リンゴは赤い』と考える。

しかし本当に『リンゴは赤い』と言えるだろうか。


正確に述べるのなら、リンゴは『赤く見える』だけで
『赤い』のではない。
リンゴの表面が青と緑の光を吸収し、
反射した赤の光が私達の目に映っているだけなのだ。
その赤の光はリンゴの赤ではない。
白色の光源に含まれている赤なのである。

つまり、リンゴは『赤い物体』なのではなく、
『緑と青を吸収する物体』なのだ。
だから赤を含む光源がなければリンゴは黒になる。

そういった視点から考えると、
光源を持たない全ての物質には『色』というものが
存在しないと言えるのではないだろうか。
私達が普段何気なく見ている多種多様な物体の色は、
『その色に見える』というだけで、
『物体そのものの色』ではないのだ。


そんなことを私は時々考える。
考えたところで別段得することは何もないのだが、
何かがわかったような、そんな気がするのだ。





5月27日(金)

「争い」 byKTA

争いとはいい事なのだろうか?
悪いことなのだろうか?
ふとそんな事を考えた

俺自身、今まで争いなんてなくなればいいのに
と、思っていた人間なのだが
はたして、争いが無くなれば本当に
世界は平和になるのだろうか?

些細な争いも含め全ての争いがこの世から無くなれば
人の心には何が残るだろうか

たぶん、人の心には何も残らないんじゃ無いだろうか
空っぽの人間が大勢いたらたしかに争いは無いかもしれない
だもその変わりに何も思わずに人を生み、死んでいく
そんなおかしな世界になるのではないか?

そう、だから争う事は悪くない
しかし、戦争ははっきりと悪いと思うし
不毛な争いは確かにある
じゃあいったい悪いのは何なのだろう

素直な争いは自己を磨きお互いを高めることに繋がるが
歪んだ争いには憎悪しか生まない

法律や、常識、世間の目と言う、ルールの中であれば
どんなことをしても勝てば認められるこんな世の中で
相手のことを考えずルールだけを考えて争っていては
そこには自己を高める要素も無く、ただ憎まれるだけ
そんなのは当たり前の事なのに
そんな単純な事に今まで気づかなかったのか

本来のルールがあるがゆえに、自分の枠を壊しては
そこには何も残らない、大事なのは勝つことよりも
自分を高める方法だろう
足を引っ張って勝っても何も生まれないのだから
だから、ルールに縛られない自分自身の枠と言うのを
しっかりと持つことが大切なんだと思う

憎むべきは争いではなく、そういう精神なのではないだろうか




5月28日(土)

「韓流」 byKTA

韓流ブームって言う言葉を聴いて何気に思った
韓流って何?

いや、言葉の意味は多分韓国の物(とか人とか)が
流行ってるって事を言いたいのは解ってる
ただ、語源は? もともとどこの言葉だ?
略語なのか?

どうしても気になって、PCでも調べてみる
調べてみると、実は「かんりゅう」では無く
「はんりゅう」と読むことをはじめて知った
なぜ中国読み?
ってことは元々日本語じゃないのか?
なかなか奥が深いな韓流

でもやっぱり今もちらちら調べながら書いてるけど
韓流は韓国文化(映画とか)の流行と言うことみたいだな
でもそれだと「韓流ブーム」と言う言葉変じゃない?
流行って言う意味が2回含まれてるもの
どうもその辺りが俺の中でしっくり来ない

結局、いろいろ調べている中で
一番それっぽかった説明はここ
もともとは香港だか中国で
韓国ブームの時に出来た言葉だから中国読みなんだが
日本語で読めちゃうから日本語で読んだみたいねぇ

にしても、韓流を「かんりゅう」じゃ無くて
「はんりゅう」と読むんだと気づいたおばさんたちは
あぁ、韓国語だからねと思うんだろうが
実は中国語だったりする、そもそも韓国漢字じゃないし

にしてもやっぱ韓流ブームって言葉は変だよな




5月29日(日)

「夢」 byKTA

夢でたまに時間を超越したような夢を見ることは無いだろうか?
朝の二度寝ので数時間分経験をしたような夢や
夜寝て起きるまでの夢がまる一日を経験したり

今日もそんな夢を見た
朝方寝て早めに目が覚めたのだが
夜出かけるので、昼からもう一眠りしていた時に
俺と去年の春に青森に就職しに行ったSINとが
話のベースになっていた

凄く簡単に言うと、俺とSINは
1日か2日分を体験するんだけど
その時間で起承転結ありで
小さくまとめた人生が入っているような夢だった

主なテーマは出会いと別れ、旧友との再開
些細な出会いの中で覚えてくれていた喜び
そんなものが如実に表現されていた

起きる直前、SINはなぜか落ち込み
自暴自棄になって俺が捜し歩くと言う方向へ進んだのだが
最後の最後だけが曖昧だった

なんだか心配になり、俺は起きて直ぐにSINに電話を入れた
すると


S「なしたー」

K「いや、元気かなと思ってさ」

S「おう、元気元気、今な彼女と八甲田に来たよ、天気いいよー」

K「そ、そうか、そりゃよかった
 変な夢を見たから気になってね、そんだけ」

S「そうか、わかったよ」

K「うんそんじゃ」

ま、元気そうで何よりだそれにしても不思議な夢だった




5月30日(月)

「言葉の攻撃力」 byKTA

言葉の攻撃力、たまに心にズガンと刺さる
攻撃力の高い言葉で打ちのめされたことがないだろうか?
今回は、単語一つでの攻撃力と言うことで
俺が勝手に殺傷能力の高そうな言葉として
「キモイ」と「ウザイ」を見てみたいと思う
これらの言葉は非常に攻撃力が高い
周囲の人間にも、聞いてみた結果
そのほとんどの人がこの言葉でグサっと来たことがあるそうだ

まずは「キモイ」
キモイは気持ち悪いの略語でありながら
なぜか「キモッ」とかでも意味が通じてしまう
気持ち悪いの余分な部分が削られ
その殺傷能力を更に高める結果となっている

キモイの原型である「気持ち悪い」を俺なりに分析すると
まず「自分の具合が悪い」の意味があり
見たり触れたりしていると俺の気持ちが悪くなると言う
皮肉の意味が含まれ「気持ち悪い」になっている
(最も一般化していて俺は今考えてて初めて理解したけど)
そんな皮肉の意味での気持ち悪いの意味だけに特化したのが
「キモイ」と言う言葉だと言えよう
だから、この言葉には初めから人を傷つける攻撃力があり
そういう目的で造語されたと言っても過言じゃない
最近はあまりに一般化している言葉であり
その攻撃力の割には良く使われている言葉になったが
一般化したからと言って、この言葉の鋭さは変わらず
ジョークで言われていると知りながらも
その言葉の真の意味を理解しているから
直撃を食らうと多大なダメージを追うことになるのだろう


次に「ウザイ」
これもうざったいの略語だが
これも俺がはじめて思う疑問だが
うざったいって何語だろう?

日本語ではあると思うが、漢字で表記されていないことなどから
標準的ではない日本語のような印象を受ける
その観点から見ると、どこかの方言なのではないだろうか?

北海道や東北地方でみられる方言で「いずい」と言う言葉がある
俺はこの言葉に少し「うざい」に通ずる所があるように思う
他の言葉には置き換えられない上に
その言葉を他の言葉で説明しようとするとすると
その情報量の膨大さに気づく

調べてみると、ここに面白いことが書いてあった
要約すると、もともと多摩地区の方言だった表現が
いわゆる最近の若者に広まった言葉らしい
そして、そのなぜ広まったのかと言うところもここに書いてある
最近の若者は(と言っても今からだと少し前かもしれないけど)
超やめっちゃ他にも鬼、激、バリバリなどを言葉の前に飾りつけて
強調に取れる斬新な言葉を創る傾向にあるらしい
たしかに、最近の若者がなぜそうなのかは解らないが
俺自身もそういう傾向があることから事実だろう
(俺の場合は、自分だけの言葉、個性的な言葉を模索する傾向にある)

そういうことを含め俺なりにまとめると
たしかに、自分にゆかりの無い言葉の方が
慣れている言葉より、より強調されて聞こえ
その言葉の威力が増すのだろう

「うざったい」はもともと不快感を表す言葉だったらしく
自分に起こった自称に対して「うざったい」といっていたものを
対象者に向けてしまうことで、相手を傷つけている
他にも、この浸透性と若者を傾向から見ると
「ウザイ」と言う言葉はかなりのポテンシャルを秘めている
言い換えればウザイの持っている
人を傷つける力強さが今の若者に受けたのかもしれない

そう考えると、これらの言葉で傷ついたと言うのも伺える
これらの言葉は、そもそも人を傷つける目的で広まったのだ

しかし、これが問題である、流行に流されやすい若者(俺も含め)は
その真の意味を知らずにも使いたがる傾向にある
意味を踏まえて使っているのではなく
とりあえず流行ってるから使っておこう的な思考である

ここまで攻撃力の高い言葉を流行にまかせて使っていては危険である
これは、言葉でなくてもそうだが、使う物は最低限
その意味を踏まえて、その言葉(や他のことでも)に責任を持つべきだろう
今回、これを書いていて何か新しい発見がかなりあった
自分が思っている以上にこの言葉で傷ついている人がいる事実と
使う時はその事をふまえ責任を持って使うか
本当にジョークがわかる時と場合でのみ使うようにしないと
危険であることを記しておきたい
これらの言葉に秘める攻撃力はあなたが思っている以上に高いのだから





5月31日(火)

生命の母 byFAP

『母なる大地』という言葉がある。
また『母なる海』という言葉もある。

果たしてどちらが本当の『母』なのか。

ふとそんなことを考えた。
あまりの下らない疑問に、私は自分自身に落胆した。
他に考えることはないのか、と。

しかし考えついてしまったものはしょうがない。
気になるものは気になる。

母が二人。
ふむ。
もしかしてなんだ、私達地球生命全員は
複雑な家庭の子だったのか。

仮に他の惑星から来た生物、
グレイ=下田(仮名)と会話している時、
間違って親の話をしてしまった下田(仮名)が
『しまった』という顔をして
「あっ…そうか……ごめん…」
とか言ってしまうような、そんな家庭だと言うのか。


ということで、
下田(仮名)に家庭環境を聞かれた時に備えるべく、
私達の複雑な家庭環境を紐解くために
とりあえず基本である『Google様にお伺い』をしてみた。

結果。
『母なる大地』 25,900件
『母なる海』 13,100件
(2005年5月31日現在)

数字だけで見るなら、大地母の圧勝だ。
ということは私達の母は『大地』で決まりだろうか。

いや、そんなことはない。
私達生命は原始の海、生命のスープから生まれた。
ならば『海』はれっきとした『母』であるべきだ。
だが、生命に様々な変化をもたらした『大地』も捨て難い。

ううむ。
果たしてどちらが『母』として相応しいのか。

いや、待てよ。

どちらか「だけ」が『母』である必要はない。
どちらも『母』だ。
それは間違いない。
ということはつまり、こう考えればいいということだ。

即ち、『産みの母なる海』と『育ての母なる大地』。
これが最も正解に近い解答だろう。
どうだ下田(仮名)、まいったか。


……まあ、複雑な家庭環境である事実は
結局変わらないようだが、
面倒なのでこれにて一件落着としよう。

※余談だが、『父』は『空』らしい。





「しかしながら」 byKTA

「母なる」で検索すると
一発目には海も空も大地も来ないで
こんなのがくるぞ

ちょっと吹いた



←前の日記     次の日記→
TOPへ

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送